2012年9月25日火曜日
Win に転ずるの記 その後
オーディオに、少しずつ、魂が引き寄せられています。今はAma zonで拾った2万7千円の hp のノートを使っているのですが、 そのノートは高音質を謳っており、 私も直接ヘッドフォンを差し込んで、音楽を聴いています。 ジャンルは、B型の私にしては珍しく、クラシックなのですが、 まあ、それはともかく、と言うことで・・・。現在、 パソコンオーディオなるものが、水面下で人気を呼んでおり、 ブームです。(ブレイクする前に、 既に崩壊を始めたようでもあるのですが、)私の音楽「鑑賞」は、 パソコンオーディオが無いと成り立たないので、 今火が消えてしまったら大変です。実は、私は、20年ほどMac を使い続けてきたものなのですが、最近、 パートナーに恵まれたのです。まだ何も決まっていないので、 お話することも今の時点では何もないのですが、その彼女がWin dowsしか使ったことがなく(これは普通のことです)、 晴れて本物のパートナーになれたら、パートに出て、 朗読会の代金くらいは稼いで来たい、と、 殊勝なことを言ってくれるのです。そこで私は、「 彼女がパートに出られるようになる頃には、Windows 8 が主流になっているだろう」と考え、まず、愛機 Mac Pro をソフマップに売りました。せめて、20~30万円で売れるとい いな、と思っていたところ、査定価格は 10 万円でした。それでも「はい」と言って、私はMac Pro を 10 万円で売ってしまいました。そして、パートナーのために、hp の、Pavilion g6-1300 を購入したのです。まさに、パソコンを20年使ってきて、10 代目となるパソコンは、なんとWindowsマシンだったのです !このようにして、私は「Win転」した訳ですが、そのせいか、 多くの方とは逆に、Mac のよくないところ、Windowsのよいところ、が、 それぞれ見えてきたのです。どこがよいのか、 それはここでは秘密ですが、Windowsは、 多くのユーザに揉まれてきただけあって、好きなところを、 とことんチューン出来るようですね。またしても、閑話休題、Wi ndows8に話を戻しましょう。 パートナーがパートに出ることを考慮して、私はMac者であるこ とを、まず捨てました。ただでさえ不慣れなパソコンですから、 暇な時に家で触っておけば、少しは勤め先でも楽になるだろう、 そのためにはパソコンはWindowsマシンのほうがいいだろう 、と考え、hpのノートについて、 パートナーと私は話し合いを始めました。と思ったら、 パートナーは、「パソコンのことはよく解らないけれど、 メイルとインターネットが出来ればいいんじゃない?」と、 これが鶴の一声となり、hp Pavilion g6-1300は、「未だカオス状態の野村家」の、 公式パソコンとなったのでした。さて、 一方のパソコンオーディオですが、hpはどういう訳か「 パソコンのオーディオ性能」に重点のひとつを置いており、 そのため、普通のパソコンから出る音よりは、「いい音」 が出るのでした。しかし! 私はここで、一冊の本をお薦めします。『高音質保証!麻倉式PC オーディオ』(麻倉怜士著、アスキー新書、2011)。パソコンオーディオ世界の、 要所要所をわかりやすくまとめてあるこの本1冊を読んでおけば、 あとで他の資料を読む時、「ああ、 あれはこういうことだったのか!」と、知らないうちに、 パソコンオーディオについての知識を網羅して自分のものにできて しまうという、ある意味凄い本なのです。 一体何が言いたいのかというと、「いい音のするパソコン」 もいいですが(決して、Pavilion g6-1300がダメだと言っているのではありません)、「 パソコンからいい音を出す」事の方が重要であり、また、 取り組み甲斐や楽しみがあるのでは? と言うことなのです。 何やら竜頭蛇尾の見本のような文章になってしまいましたが、 もしこの小文をお読みになり、パソコンオーディオって何? と、興味を持たれた方がいらっしゃれば、望外の喜びです。
Win に転ずるの記
初めてISP
と契約したのは、今から14年前のことだった。それ以前、学生の頃からパソコンを使っていた。それがMacだった。従って、Apple
社のMacだけを、20年弱、使い続けて来たことになる。
何故、Macだったのか。「Windowsとは違うのだ」という想いが、あったような気がする。
2009年の末、「最後のMacにしよう」と何故か思い立ち、Mac
Pro をフルスペックで購入した。しかし、用途はメイルとネットサーフィン、そして時折、詩の清書をするくらいだった。
2012年の6月末、史子と付き合い始めた。途端、Macへの想いは、急激に褪せていった。
史子は、時たま、詩の清書をするためにのみ、パソコンを使っていた。そして、パソコンを、当然私と「共有」するつもりでいた。
そのような史子に、Macを使わせる訳にはいかない、そう思った。Macはあくまで趣味であり、それを史子にまで押し付けることは出来なかった。
そして、7月末、最後のMacを売った。
史子はパソコン選びをすべて任せてくれたので、Amazonでみつけた2万7千円のhpノートはどうだろうか、と、私は聞いてみた。史子は、すぐにOKを出した。140万円のMacを売却して、1ヶ月が経っていた。
昨晩は、23:30まで、史子と電話で話した。電話を切ってから、このところ日課となっていた、hpのチューニングに取り掛かった。
hp、すなわちWindowsマシンは、Macと遜色なかった。Macで出来ることは、Windowsでも出来た。
私はすっかり満足し、気付かないうちに眠りに落ちてしまうまで、Windows7をチューンし続けた。Windows8がリリースされる直前の、夏の終わりのことだった。
2012年6月16日土曜日
HERREWEGHE
昨日の晩、ポポロへ行きました。さて、今日は何があるかな・・・? ウインドウショッピングならぬ、シェルフショッピングの始まりです。
「お店に入るまで、何を買うか解らない。」これが、ポポロの醍醐味、言い替えれば「ロシアンルーレット@ポポロ」なのです。
一通り棚を見終わり、「ケーゲルのラヴェルがある。今日はこれにしようかな」と思いかけた瞬間、「Bruckner」という殴り書きのボールペン字が眼の隅に飛び込んで来ました。「ブルックナー・・・。」僕は、先日、冒険のつもりで、ブーレーズ振るところの8番を購入し、ブルックナーの印象がとても良かったことを思い出しました。「でも、幾ら8番だといっても、あれはブーレーズが上手に振ったから面白かっただけかも知れないぞ」などととんでもないことを考えながら、「いや、僕にはマーラーがいるから大丈夫」と、何の根拠もない自信に支えられて、持っていたラヴェルを棚にもどし、ブルックナーの7番を購入したのです。ラヴェル→ブルックナー。またもやロシアンルーレットが作動しました。(しかし、昨日は(3日も出勤していないというのに)やけに疲れていて、せっかく買ったCDを放置したまま、眠ってしまったのでした。)
そして今朝。相変わらずどこで眠ったのか思い出せないまま、僕はパソコンに向かっている状態で意識が戻りました。「そういえば、昨日CDを1枚買ったな・・・。」さすがにポポロ袋からは出してパソコンの横に置いてあったディスクを僕は取り上げると、デッキの前に行き、ディスクを入れ、ヘッドフォンを着けました。すると・・・。
「面白い!」そう、オケに一糸の乱れもなく、そのCDは歌い始めたのです。「誰が指揮しているんだろう?」そんなことを今になって思いながら、ジャケットを見ると、「PHILIPPE HERREWEGHE」と書いてあります。エルヴェーグ? 誰? 早速パソコンに「wiki 指揮者 Herreweghe」と打ち込みます。パソコンは、一瞬で答えを返してきました。「フィリップ・ヘレヴェッヘ」。ヘレヴェッヘ!? 先日音楽之友社発行の「Stereo」誌上の記事を見てマーラーの4番をAmazonを検索するも、「この商品は扱っておりません」と袖にされて入手がかなわなかった、あのヘレヴェッヘ? しかも、Wikipediaには、harmonia mundi のブルックナー7番はヘレヴェッヘの代表盤の1枚だ、と書いてあるではありませんか! そう、そのような物凄いCDを、僕はこちらも「物凄い」価格で、手に入れてしまったのです。
これで、僕が新譜を買わない訳が、お解り頂けましたでしょうか?
「お店に入るまで、何を買うか解らない。」これが、ポポロの醍醐味、言い替えれば「ロシアンルーレット@ポポロ」なのです。
一通り棚を見終わり、「ケーゲルのラヴェルがある。今日はこれにしようかな」と思いかけた瞬間、「Bruckner」という殴り書きのボールペン字が眼の隅に飛び込んで来ました。「ブルックナー・・・。」僕は、先日、冒険のつもりで、ブーレーズ振るところの8番を購入し、ブルックナーの印象がとても良かったことを思い出しました。「でも、幾ら8番だといっても、あれはブーレーズが上手に振ったから面白かっただけかも知れないぞ」などととんでもないことを考えながら、「いや、僕にはマーラーがいるから大丈夫」と、何の根拠もない自信に支えられて、持っていたラヴェルを棚にもどし、ブルックナーの7番を購入したのです。ラヴェル→ブルックナー。またもやロシアンルーレットが作動しました。(しかし、昨日は(3日も出勤していないというのに)やけに疲れていて、せっかく買ったCDを放置したまま、眠ってしまったのでした。)
そして今朝。相変わらずどこで眠ったのか思い出せないまま、僕はパソコンに向かっている状態で意識が戻りました。「そういえば、昨日CDを1枚買ったな・・・。」さすがにポポロ袋からは出してパソコンの横に置いてあったディスクを僕は取り上げると、デッキの前に行き、ディスクを入れ、ヘッドフォンを着けました。すると・・・。
「面白い!」そう、オケに一糸の乱れもなく、そのCDは歌い始めたのです。「誰が指揮しているんだろう?」そんなことを今になって思いながら、ジャケットを見ると、「PHILIPPE HERREWEGHE」と書いてあります。エルヴェーグ? 誰? 早速パソコンに「wiki 指揮者 Herreweghe」と打ち込みます。パソコンは、一瞬で答えを返してきました。「フィリップ・ヘレヴェッヘ」。ヘレヴェッヘ!? 先日音楽之友社発行の「Stereo」誌上の記事を見てマーラーの4番をAmazonを検索するも、「この商品は扱っておりません」と袖にされて入手がかなわなかった、あのヘレヴェッヘ? しかも、Wikipediaには、harmonia mundi のブルックナー7番はヘレヴェッヘの代表盤の1枚だ、と書いてあるではありませんか! そう、そのような物凄いCDを、僕はこちらも「物凄い」価格で、手に入れてしまったのです。
これで、僕が新譜を買わない訳が、お解り頂けましたでしょうか?
2012年5月5日土曜日
買い物依存症 ふたたび
今更かも知れませんが、僕は買い物依存症です。今現在も、借りている部屋の更新料を月末までに払わないとたいへんなことになるというのに、そのお金で、だいすきなパソコンの雑誌を買ったりしています。端から見ると、泰然自若と見えるらしいのですが、本人には、夢に見るほどのプレッシャーなのです。
いらいらもやもやしているとき、雑誌1冊でも買うと、何故か気持がすっとします。もうお亡くなりになりましたが、詩人の森原智子さんも、よくそう仰っていました。
頭の半分では「更新」のことを意識していても、もう半分の脳で、そのような現実から何とかして逃れようと、買い物のことを考えてしまうのです。
そう、困れば困るほど、大切なお金を使ってしまう。昨日、Amazon から、Debussy の「ピアノ曲全集」と、Messiaen の「鳥のカタログ」とが届きました。( Amazon は、買い物依存症の僕にとって、たいへんな「悪友」なのですが、それはまた別の機会に書きましょう。)二つ会わせると CD 7枚になるという、たいへんな買い物です。それを、お金に困っているはずの僕は、買ってしまったのです。ところが、お金を使っただけで満足してしまい、届いてからもう1日経っているというのに、僕はそれを聴かず、代わりに今、Mahler の8番を聴いているのです(もちろん、1番から10番まで、CD コレクションは既に完成しています。このような生活態度は、お金に関して「正常な」感覚をお持ちの方には、まったく理解出来ないことでしょう)。お陰で、6畳相当の、僕の「城」は、モノで溢れています。どれも、「買ったけれども・・・」ばかりのモノです。
一度、ドクターに、「買い物依存症の直し方はあるのでしょうか?」と、半ば冗談で聞いてみたことがあります。すると、驚いたことに、ドクターは「ありますよ」と言うではありませんか。その、究極の治療法とは、こうです。僕に現在投与している抗鬱薬をすこしずつ削っていって、買い物をする気力がなくなったところで、削るのをやめる。これが、買い物依存症の治し方、だそうです。僕は、決して冗談を言っているのではありません。ドクターは、「やってみましょうか?」と言ってくれましたが、抗鬱薬を削る、などど言う恐ろしいことをされては一大事なので、「いや結構です」と、診察室を慌てて飛び出した僕なのでした。
いらいらもやもやしているとき、雑誌1冊でも買うと、何故か気持がすっとします。もうお亡くなりになりましたが、詩人の森原智子さんも、よくそう仰っていました。
頭の半分では「更新」のことを意識していても、もう半分の脳で、そのような現実から何とかして逃れようと、買い物のことを考えてしまうのです。
そう、困れば困るほど、大切なお金を使ってしまう。昨日、Amazon から、Debussy の「ピアノ曲全集」と、Messiaen の「鳥のカタログ」とが届きました。( Amazon は、買い物依存症の僕にとって、たいへんな「悪友」なのですが、それはまた別の機会に書きましょう。)二つ会わせると CD 7枚になるという、たいへんな買い物です。それを、お金に困っているはずの僕は、買ってしまったのです。ところが、お金を使っただけで満足してしまい、届いてからもう1日経っているというのに、僕はそれを聴かず、代わりに今、Mahler の8番を聴いているのです(もちろん、1番から10番まで、CD コレクションは既に完成しています。このような生活態度は、お金に関して「正常な」感覚をお持ちの方には、まったく理解出来ないことでしょう)。お陰で、6畳相当の、僕の「城」は、モノで溢れています。どれも、「買ったけれども・・・」ばかりのモノです。
一度、ドクターに、「買い物依存症の直し方はあるのでしょうか?」と、半ば冗談で聞いてみたことがあります。すると、驚いたことに、ドクターは「ありますよ」と言うではありませんか。その、究極の治療法とは、こうです。僕に現在投与している抗鬱薬をすこしずつ削っていって、買い物をする気力がなくなったところで、削るのをやめる。これが、買い物依存症の治し方、だそうです。僕は、決して冗談を言っているのではありません。ドクターは、「やってみましょうか?」と言ってくれましたが、抗鬱薬を削る、などど言う恐ろしいことをされては一大事なので、「いや結構です」と、診察室を慌てて飛び出した僕なのでした。
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