2012年9月25日火曜日
Win に転ずるの記 その後
Win に転ずるの記
2012年6月16日土曜日
HERREWEGHE
「お店に入るまで、何を買うか解らない。」これが、ポポロの醍醐味、言い替えれば「ロシアンルーレット@ポポロ」なのです。
一通り棚を見終わり、「ケーゲルのラヴェルがある。今日はこれにしようかな」と思いかけた瞬間、「Bruckner」という殴り書きのボールペン字が眼の隅に飛び込んで来ました。「ブルックナー・・・。」僕は、先日、冒険のつもりで、ブーレーズ振るところの8番を購入し、ブルックナーの印象がとても良かったことを思い出しました。「でも、幾ら8番だといっても、あれはブーレーズが上手に振ったから面白かっただけかも知れないぞ」などととんでもないことを考えながら、「いや、僕にはマーラーがいるから大丈夫」と、何の根拠もない自信に支えられて、持っていたラヴェルを棚にもどし、ブルックナーの7番を購入したのです。ラヴェル→ブルックナー。またもやロシアンルーレットが作動しました。(しかし、昨日は(3日も出勤していないというのに)やけに疲れていて、せっかく買ったCDを放置したまま、眠ってしまったのでした。)
そして今朝。相変わらずどこで眠ったのか思い出せないまま、僕はパソコンに向かっている状態で意識が戻りました。「そういえば、昨日CDを1枚買ったな・・・。」さすがにポポロ袋からは出してパソコンの横に置いてあったディスクを僕は取り上げると、デッキの前に行き、ディスクを入れ、ヘッドフォンを着けました。すると・・・。
「面白い!」そう、オケに一糸の乱れもなく、そのCDは歌い始めたのです。「誰が指揮しているんだろう?」そんなことを今になって思いながら、ジャケットを見ると、「PHILIPPE HERREWEGHE」と書いてあります。エルヴェーグ? 誰? 早速パソコンに「wiki 指揮者 Herreweghe」と打ち込みます。パソコンは、一瞬で答えを返してきました。「フィリップ・ヘレヴェッヘ」。ヘレヴェッヘ!? 先日音楽之友社発行の「Stereo」誌上の記事を見てマーラーの4番をAmazonを検索するも、「この商品は扱っておりません」と袖にされて入手がかなわなかった、あのヘレヴェッヘ? しかも、Wikipediaには、harmonia mundi のブルックナー7番はヘレヴェッヘの代表盤の1枚だ、と書いてあるではありませんか! そう、そのような物凄いCDを、僕はこちらも「物凄い」価格で、手に入れてしまったのです。
これで、僕が新譜を買わない訳が、お解り頂けましたでしょうか?
2012年5月5日土曜日
買い物依存症 ふたたび
いらいらもやもやしているとき、雑誌1冊でも買うと、何故か気持がすっとします。もうお亡くなりになりましたが、詩人の森原智子さんも、よくそう仰っていました。
頭の半分では「更新」のことを意識していても、もう半分の脳で、そのような現実から何とかして逃れようと、買い物のことを考えてしまうのです。
そう、困れば困るほど、大切なお金を使ってしまう。昨日、Amazon から、Debussy の「ピアノ曲全集」と、Messiaen の「鳥のカタログ」とが届きました。( Amazon は、買い物依存症の僕にとって、たいへんな「悪友」なのですが、それはまた別の機会に書きましょう。)二つ会わせると CD 7枚になるという、たいへんな買い物です。それを、お金に困っているはずの僕は、買ってしまったのです。ところが、お金を使っただけで満足してしまい、届いてからもう1日経っているというのに、僕はそれを聴かず、代わりに今、Mahler の8番を聴いているのです(もちろん、1番から10番まで、CD コレクションは既に完成しています。このような生活態度は、お金に関して「正常な」感覚をお持ちの方には、まったく理解出来ないことでしょう)。お陰で、6畳相当の、僕の「城」は、モノで溢れています。どれも、「買ったけれども・・・」ばかりのモノです。
一度、ドクターに、「買い物依存症の直し方はあるのでしょうか?」と、半ば冗談で聞いてみたことがあります。すると、驚いたことに、ドクターは「ありますよ」と言うではありませんか。その、究極の治療法とは、こうです。僕に現在投与している抗鬱薬をすこしずつ削っていって、買い物をする気力がなくなったところで、削るのをやめる。これが、買い物依存症の治し方、だそうです。僕は、決して冗談を言っているのではありません。ドクターは、「やってみましょうか?」と言ってくれましたが、抗鬱薬を削る、などど言う恐ろしいことをされては一大事なので、「いや結構です」と、診察室を慌てて飛び出した僕なのでした。
2011年5月17日火曜日
インヴェガ,出る
2010年11月19日金曜日
あるいはカタストロフ
月曜日,クリニックへ行ってきました.S先生は相変わらず元気満々で,今回は,なんと,現在小康状態を保っている向精神薬の仕分けを始められました.まず,抗精神病薬には2種類あることの説明を受けたのですが,悲しいかな,私は仏文出身の,こてこての文系人間なので,現在処方されている定型の薬をすべて非定型の薬に置き換えるのか,それとも現在処方されているのが非定型の薬で,それを定型の薬に置き換えるのか,また,ドーパミンが何をどうしているのか,定型非定型の置き換えは多分前者だと思うのですが,たいへん混乱してしまったのでした.
仕分けは,具体的には,次のように行われました.
・アモキサン……今まで,朝に3カプセル飲んでいたものを,朝昼夜1カプセルずつに
・リントン3㎎>エビリファイ6㎎に置き換え
・セレナミン>廃止(私はセレナミンを17年間服用してきました.17年間ですよ!? それがあっけなく廃止とは! 離脱症状や薬物依存症が,たまらなく心配です!)
・クロフェクトン>廃止(これを飲むと落ち込みがなくなって,重宝していたのですが,古い薬は肝臓に負担がかかるのだそうです)
・パキシル……これまで,20㎎ × 2錠を,朝服用していたのですが,これを,朝20㎎,夕食後20㎎に変更
これらのクスリを3週間分いただいて,私は代々木から府中へ帰宅したのですが,朝を迎え,どのクスリを,いつ,どれだけ服用すればいいのか,全く解らなくなってしまい,仕事が終わった後,慌てて再び代々木の調剤薬局さんのもとにころがりこみ,シートではなく,1回服用分ずつ,分包にして貰いました(シートから得られる情報は意外な程多く,分包にはかなり抵抗があったのですが,クスリの飲み方が解らないのでは仕方がありません).
そのような訳で,今こうしてパソコンに向かっていると,実際には熱がないのに,発熱したような,ぼぉっとした気持ちに包まれています.これが恐らく,セパゾンの薬効でしょう.エビリファイがどのように効いてくるのかは,まだ解りません.2週間,待ってみます.
次回の診察では,コントミンとロドピン,そしてユーロジンとネルボンとが,仕分けの槍玉にあがるでしょう.しかし,小康状態にあるからと言って,これほど激しい仕分けを行って大丈夫なのか,私には,不安が,と言うと嘘になるので,興味が,たいへんあるのでした(そして,国家試験合格後も,新薬などの勉強を続けておられる,S先生に,私は次第に尊敬の念を抱き始めているのです(でもやはり,コントミンは削られるんだろうなぁ...出来た時代が古すぎる...)).
取り敢えず,まずはエビリファイとセパゾンとに期待,と言ったところでしょうか.
2010年10月26日火曜日
エビリファイ,出る
昨日はクリニックへ行きました.主治医がS先生になって6回目の診察でした.S先生は,「リントンとクロフェクトンとを同時に服用すると鬱になるんですよ」と,いきなり切り出します.そのようなこととは夢にも思わなかった私は,「ですから,リントンから,エビリファイに切り替えてみませんか?」とのS先生のすすめに,すぐさま飛び付いたのでした.(実は,「私の鬱は,また少しずつ悪くなっているのではないか」と,密かに感じていたのです.)
帰宅した私は,さっそくMacを起動して,「治療薬マニュアル」で,エビリファイなるクスリについて検索します.すると,解説の冒頭に真っ赤な字で,「高血糖のひとには処方しないこと!!!」と記載されているではありませんか.幸い,私は高血糖ではないので,その先を読み続けたのですが,その副作用の多いこと多いこと.そしてまた,エビリファイは,大塚製薬が開発した,統合失調症の新薬なのでした...
それでも,エビリファイは,フランスで,優れたクスリの開発に与えられる賞を受賞したとのこと.それはそれでいいのですが,例によって,「治療薬マニュアル」には,「原因不明の突然死の報告あり」の一文が...
「治療薬マニュアル」を読んで,エビリファイには,「もう何もしたくない.このままアパルトマンに引き籠もってしまいたい」という念慮を納めてくれる作用もあることを知り,「このクスリは,詩作についての,新しいエクリチュールを見付けるための助けになってくれるかも知れない」と,ワクワク感に駆られた私なのでした(ドラッグでハイになって詩を書くなんて,まるでヒッピーみたいですね).エビリファイの血中濃度が一定になるまでに2週間かかるそうなので,それまでは,図書館にリクエストはしたものの,「積ん読」状態になっている詩集を読みながら,なまった語感を研ぎ澄ますことにします(この「積ん読」も,鬱のひとつの病態なのです).
このような,とても不健康で情けなく自暴自棄な生活は,私だけの特異なケースですので,皆さんはどうか健康な生活をお送りください.(それにしても,健康な生活を送っておられる方々が不気味な「現代詩」をお書きになり,クスリ漬け(現在,15種類のクスリを服用しています)の私が,「美しいもの」を紙の上に定着させるため,ひたすらそれに相応しい喩を,日夜手探りで探し続けているとは,何とも不思議なことではありませんか.)