2012年5月5日土曜日

買い物依存症 ふたたび

今更かも知れませんが、僕は買い物依存症です。今現在も、借りている部屋の更新料を月末までに払わないとたいへんなことになるというのに、そのお金で、だいすきなパソコンの雑誌を買ったりしています。端から見ると、泰然自若と見えるらしいのですが、本人には、夢に見るほどのプレッシャーなのです。
いらいらもやもやしているとき、雑誌1冊でも買うと、何故か気持がすっとします。もうお亡くなりになりましたが、詩人の森原智子さんも、よくそう仰っていました。
頭の半分では「更新」のことを意識していても、もう半分の脳で、そのような現実から何とかして逃れようと、買い物のことを考えてしまうのです。
そう、困れば困るほど、大切なお金を使ってしまう。昨日、Amazon から、Debussy の「ピアノ曲全集」と、Messiaen の「鳥のカタログ」とが届きました。( Amazon は、買い物依存症の僕にとって、たいへんな「悪友」なのですが、それはまた別の機会に書きましょう。)二つ会わせると CD 7枚になるという、たいへんな買い物です。それを、お金に困っているはずの僕は、買ってしまったのです。ところが、お金を使っただけで満足してしまい、届いてからもう1日経っているというのに、僕はそれを聴かず、代わりに今、Mahler の8番を聴いているのです(もちろん、1番から10番まで、CD コレクションは既に完成しています。このような生活態度は、お金に関して「正常な」感覚をお持ちの方には、まったく理解出来ないことでしょう)。お陰で、6畳相当の、僕の「城」は、モノで溢れています。どれも、「買ったけれども・・・」ばかりのモノです。
一度、ドクターに、「買い物依存症の直し方はあるのでしょうか?」と、半ば冗談で聞いてみたことがあります。すると、驚いたことに、ドクターは「ありますよ」と言うではありませんか。その、究極の治療法とは、こうです。僕に現在投与している抗鬱薬をすこしずつ削っていって、買い物をする気力がなくなったところで、削るのをやめる。これが、買い物依存症の治し方、だそうです。僕は、決して冗談を言っているのではありません。ドクターは、「やってみましょうか?」と言ってくれましたが、抗鬱薬を削る、などど言う恐ろしいことをされては一大事なので、「いや結構です」と、診察室を慌てて飛び出した僕なのでした。